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一品一品にこだわりと情熱を傾けて作られた「Bianchi(ビアンキ)」の自転車

大谷和利さん

世の中にインパクトを与える「モノ」は、モノづくりをする人のこだわりだけで市場ができあがるわけではありません。それを紹介する人のこだわりがあってこそ世に広まるのです。

テクノロジーライターの大谷和利さんは、最先端のモノや尖ったモノ、未来へのポテンシャルを秘めた革新的なモノたちに徹底的に惚れぬき、並々ならぬ思い入れを込めて、雑誌や書籍などのメディアを通して紹介し続けてきました。

とりわけ黎明期のAppleコンピューターにいち早く注目し、自身初となるマッキントッシュのガイドブックを書いたのが1987年。それ以来、Mac関連の書籍を多数出されています。当時、そんな海の物とも山の物とも知れない四角い電気箱の可能性に胸を踊らせたのは、大谷さんのようなごく一部の人のみ。市場などほとんどなく、誰も紹介しないからユーザーもいない、そんな状況でした。ならば誰かが紹介しなければ、そんな思いで書いたのがキャリアの起点となったのです。

マッキントッシュの登場には夢と未来を感じたといいます。誰でも直感的に理解できるインターフェイスを持ち、それまでの「プログラミングをして利用するマシン」だったコンピュータとは違う「優れたアプリケーションを使って何かを作り出せるマシン」を目の当たりにして、「これは時代が変わる」と確信したそうです。
ライターとしてスタートした頃、「Macと心中する気か」とまで言われたそうですが、大谷さんの「価値あるモノを見抜く目」は本物でした。

自分で触れて理解してはじめてちゃんと伝えられる

大谷さんは原宿にあるセレクトショップ「AssistOn」のアドバイザーも務めていて、同ショップは、スタッフ全員で厳選した「これまじ!」を取り揃えています。
assiston

とにかくモノに対する目利きが半端ではないのですが、その秘密は徹底した体験主義にありました。

かつて、機械工学を学びにアメリカ留学をしていた大谷さん。
まだコンピューターというものが何をするための道具なのかすら誰もよく分かっていない時代でした。日本マイコン協会に電話して尋ねてみても、「まぁ、なんでもできるんですけどね」とよく解らない回答。
留学先の教室にNASAの払い下げの大型コンピューターがあり、初めて本格的なコンピューターに触れます。今から考えると、大げさな割にできることは限られていましたが、そこに将来性、未来を感じたといいます。

その体験が原点となっているのか、「自分で触れてみないと良い記事は書けない」という信念を今も持ち続けているのです。

最近ではクラウドファンディングで話題の3Dプリンターを購入し、3年近く使い込んでいます。それは、自分で触れて実際にいろんな物を作って、はじめて伝道師になれると考えているからです。
3Dプリンターはまだ黎明期で、「何ができるの?」とよく聞かれるそうですが、「その質問はかつてのコンピューターと同じ」だそうで、5年後10年後にはパソコンや紙のプリンターと同じく、生活の一部になっているかもしれない。大切なことは「可能性の種」なんだといいます。

3Dプリンターで作成したClassic Macの形をしたiPod Nanoのドック

※参考)Classic Mac iPod Nano Dock

「みんなが名前しか知らない、あるいは名前すら知らない、そんなものをきちんと知らしめるのが仕事」
そのためにはまず自らがそのモノを深く理解し、感動や気付きを得なければいけないのです。伝えるとはそういうことなんですね。

すべてはバランス。そしてモノへの熱情

さらに大谷さんはモノの価値を見極める視点として、「バランス感覚が大事」と強調します。
とくにテクノロジーの世界では新しいものこそが良いという風潮がありますが、必ずしもそうではない。また逆に、伝統的で古いから価値があるとか、時代を超えて残っているから値打ちがあると決めつけるのも早計だといいます。

アナログとデジタル。バーチャルとリアル。新しいものと古いもの。理系と文系。
それらは対立する概念ではなく、どちらも大事で、それぞれにメリットもデメリットもあるのです。
そういった本質を理解しているからこそ、上辺や流行に惑わされず、本当に良いものを見抜くことができるのでしょう。

そして何より、自分がその対象を好きであること。これに勝るものはありません。

実はアメリカ留学中に、ヨセミテ国立公園の崖から車ごと転落して九死に一生を得るという体験をしたことがあったそうなんです。

その時に強く感じたのは、「人間、いつ死ぬか分からない。だったら自分が思うように生きよう、自分が良いと思うものを信念をもって伝えよう」ということでした。

そうしたモノへのこだわりと情熱は必ず伝わるのです。

作り方からして違う、職人の誇りが詰まった自転車

そんな大谷さんの眼鏡に適うような逸品がこちら。イタリアのメーカー「Bianchi(ビアンキ)」の自転車。同社は、自転車の量産メーカーとしては世界最古とも言われています。

bianchi

ひとめ見て、一般的なシティサイクルとは明らかに違う構造上の違いが分かりますか?
実は、通常はチューブ状の金属を溶接してフレームが作られるのですが、これはすべて板金。金属板をプレス加工してボルトで留めているんです。

bianchi02

「モノコックフレーム」というこの構造、実に手間のかかる工程らしく、チューブ構造に比べて「音がこもりやすい」「強度の問題」など困難な箇所もあるのですが、それらを技術と工夫で解決しています。ハンドルの形状は強度対策のため独特で、ボルトにはBianchiの「B」の文字が刻印されるなど、ディティールの作り込みは半端ではありません。職人のこだわりと自信が随所に散りばめられた知られざる名機なのです。
ボディに記された「ilbici(イルビチ)」の文字は、「ザ・バイク」つまり「これぞ自転車!」という意味だそうです。自負と誇りが垣間見えますね。

さらにおもしろいのは、なんとボディが前後2つに分割できてしまうのです。折りたたみ自転車のハシリですね。当時の広告には、「2色のパーツを友達と交換して楽しもう」みたいな使い方も提案されていて、かなりぶっ飛んだ設計とコンセプトになっています。

bianchi

大谷さんはこれを海外のオークションで見つけたそうで、おそらく日本に一台しかないとのこと。

この自転車のすごいところは、これがハイエンド機ではなくコンシューマー向けだということ。普及型の量産タイプなのに、かつてはこれだけ徹底したこだわりがあったわけです。さすが職人の国、イタリアの意地といったところでしょうか。

どんなものでもそうですが、一般化されて市場が成熟してくると、製法がある程度確立されてありきたりな改変が繰り返されるだけ。
しかしモノづくりの黎明期というのは前例がない分、かつてのAppleがそうであったように、半歩も一歩も先を行く尖ったアイディアや技術をどんどん注ぎ込んだりするわけです。

それが大谷さんのような感度の高いユーザーに響き、時代を切り拓いていく名機を生み出す原動力になるのですね。

物があふれて豊かな時代だからこそ、一品一品にこだわりと情熱を傾けたいとも思うこともあるのではないでしょうか。
そんな視点の大切さを改めて気付かせてくれた今回の「これまじ!」でした。

    


(取材:板羽宣人 / 記事:Rose)

今回のゲスト 大谷和利さん

テクノロジーライター,原宿AssistOnアドバイザー,自称路上写真家。Macintosh専門誌(Mac Fan,MacPeople),デザイン評論誌(AXIS,MdN),自転車雑誌(自転車と旅,シクロツーリスト)などの誌上でコンピュータ,カメラ,写真,デザイン,自転車分野の文筆活動を行うかたわら,製品開発のコンサルティングも手がける。
主な訳書に『Apple Design日本語版』(AXIS刊),『スティーブ・ジョブズの再臨』(毎日コミュニケーションズ刊)など。
近著に,『Appleの未来 ポスト・ジョブズ時代に革新的な製品は現れるのか!? 』(アスキー新書),『図解 アップル早わかり』(中経出版)。『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか 一枚の写真が企業の運命を決める』(講談社現代ビジネス刊)。


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