日々の暮らしを人間的に豊かにしてくれた「ライナス(Linus)の自転車」
東京目黒区、学芸大学駅から徒歩2分。閑静な住宅街の一角にある、この春オープンしたばかりのお店「FOOD&COMPANY」。
明るいナチュラルブラウンの木枠のドア、大きなガラスウィンドウ、店先に停められたヨーロピアンテイストの自転車が目を惹きます。
外国映画に出てくるようなオシャレな雰囲気の食糧品店で、こうした形態は海外では「グロッサリー」と呼ばれ、地域住民の生活を支える身近な商店として親しまれています。
オーナーの白冰(バイ ビン)さんは北京生まれの中国人。5歳で横浜に移住し、日本で教育を受け、大学はファッションのマーケティングおよびマネージメントの勉強のためニューヨークへ留学。
留学先でともに学んだ今の奥様と、2014年3月にこの「FOOD&COMPANY」を開きました。
思い描いたのと違ったアパレル業界。「本当の豊かさとはなにか」を探す旅へ
白さんはNYでファッションビジネスの勉強をしたのち、帰国してファーストリテイリング社に新卒入社。「ユニクロ」店舗で勤務するも、なにか思い描いていたのとは違うと感じていました。歯車のひとつとして激務をこなし、売っていても心が入らない日々。会社のビジョンに共感できないと悟り、9ヶ月で退社します。
2012年、NYから遅れて帰国した奥さんと結婚、「ソーシャルビジネスをやりたい」と考えるようになります。社会をより良くする仕事をしたいと思ったのです。
具体的なビジョンを模索し、北欧や中国、日本の東北地方など各地を旅します。
そこで出会い感じた社会の問題、貧しさ、豊かさなどが白さんの夢を徐々に形作っていくこととなります。
実家がある中国。上海などでは金持ちが毎日パーティーに明け暮れ、拝金主義がはびこる現実がある一方で、貧しい地域では今も農作業中心の生活で、昼から庭先でのんびりと麻雀に興じていたりする。
そこでは発展とか経済成長などとは無縁ですが、あくせくしない等身大の暮らしがある。それもひとつの幸せの形であるように感じられました。
また北欧、たとえばストックホルムでは、街にあまり娯楽はありません。けれど夕方にはレストランでゆったりと家族で食事したり、休日には公園でのんびりと過ごしたり、数値化できない豊かさがそこにはありました。
東京には現実逃避みたいな娯楽ばかりが溢れていて、幸福感に繋がっていないと白さんはいいます。
豊かさの基本は日々の暮らしの中に
白さん夫妻が世界の様々なライフスタイルを見て回って強く感じたのは、毎日の暮らしの中で消費されるものにちょっとしたこだわりを持つことが、豊かさにつながるということ。
だから身近な生活の基本をより良く変える事業がしたい、そんな風に考えるようになりました。
それは「食」。たとえば毎日利用するコンビニやスーパー。でもコンビニはどちらかといえば利便性を追求するところだし、日本のスーパーは高級か安価か、といった区分しかない。
アメリカにはオーガニック系のグロッサリーがどこにでもあり、消費者の意識も、自分の健康とか値段だけでなく、環境への優しさや地域活性のような思想に共感して買ってくれる。
「そうした価値観でセレクトしたスーパーをつくろう!」
こうして「FOOD&COMPANY」は誕生しました。
野菜や果物、牛乳や卵、嗜好品まで、あらゆる商品のセレクトとバイヤー担当は奥さん。
選ぶ基準は、ファーマーズ・マーケットの盛んなポートランドの思想である「F.L.O.S.S」(フロス)というガイドラインを意識しています。
・フレッシュ(fresh)新鮮、安全、安心
・ローカル(local)地産地消、産地・出処の分かること
・オーガニック(organic)自然、無農薬、健康的
・シーズナル(seasonal)季節感、旬のもの、栄養価が高くてリーズナブル
・サステイナブル(sustainable)持続可能であること
店内には、本当に良いものにこだわって厳選した商品が並んでいて、見ているだけでも楽しくなってきます。
毎日使ってもらえる「普通」を目指して
白さんが目指すのは、「オシャレ」や「物めずらしさ」ではありません。一部の意識の高い人向けでもなく、誰もが毎日の暮らしにごく当たり前に利用する「普通」なのです。
日常的に使ってほしいから、生活感のあるこのロケーションを選びました。
「特別は次の特別に取って代わられるだけ。それに、いくら良いものでも高すぎて持続可能でなければ意味がない。普通なのに毎日使ってもらうって、実はすごいことなんですよね」と白さん。
さらなる店舗展開はもちろん考えているそうです。しかしそれは単に売り上げを伸ばしたい、儲けたいという理由からではありません。
「社会的インパクトを与えるためにはある程度の大きさが必要」との考えで、こうしたオーガニック思想を世に浸透させるためには、いくつもの店舗があちこちになくてはなりません。
「我々の思想に共感して協力してくれる方が現れれば、惜しみなくサポートするし、競争が目的ではなく、オーガニック文化のパイを広げたいのです」
と、まったくブレない理念に、素晴らしい夢を感じました。
ゆくゆくは中国への展開も考えているそうです。
中国では行き過ぎた拝金主義がまかり通り、食に対する安全・安心は崩壊し、どこも信用することができない悲しい現実があります。
「もっと健康とか環境とかを考えられるような、そんなきっかけになれれば」と、祖国愛ものぞかせていました。
生活を変えた自転車ライフのはじまり
そんな白さんの「これまじ」は、サンフランシスコの自転車メーカー「ライナス」の自転車。
1960年代あたりのフランスの自転車をイメージしたようなおしゃれなデザインで、オードリー・ヘプバーンが颯爽と乗って現れそうなクラシックなムード。ハンドルやギアにもこだわりがあって、お店の雰囲気ともよく似合います。
余計なものを省いたシンプルなボディとメカニズムで、後ろブレーキはペダルを逆漕ぎすることでかけられるタイプ。荷台のカゴが取り外し可能なので、ちょっとした買い物に便利です。タウンユースには必要にして十分な機能性でしょう。
白さんの住まいはお店から徒歩15分くらいのところにあるのですが、この15分がけっこうきつかったそうです。とくにオープン当初、深夜に帰ってすぐ早朝に出勤というハードな日々の中で、常に足がパンパンでした。たまらずタクシーを利用するなど、無駄に思えることも多々ありました。
そこでこの自転車を購入。
通勤はほんの5分ほどに短縮されてラクになったし、何より行動範囲が広がって楽しいといいます。
自由が丘、渋谷、中目黒までなら10分。今まで電車だと行くのがおっくうだったのが、気楽に行けるようになりました。
休日には奥さんとサイクリングに出かけることもあり、気分転換ができて、生活が変わったそうです。
交通費がかからず運動にもなるし、「自転車って素晴らしいなぁ」とつくづく感じているそうです。
自転車との関わり方、それは豊かさのバロメーター
意外にも、自転車が発明されたのは自動車と同じ頃らしく、比較的近代のテクノロジーなんだそうです。
オランダや北欧に行った時、すごく感じたのは、自転車にとても優しい街だということ。レンタサイクルなども充実しているし、たとえば道路の脇に置かれたゴミ箱ひとつ取っても、口が斜めを向いていて、自転車から捨てやすいように考慮されているんだとか。自転車王国オランダでは電車にも持って入れるし、渋滞の解消にもつながるなど、ソーシャルデザインとして成功しています。
福祉の充実した先進的な国家であることと、自転車への理解と取り組みは無関係ではなさそうです。
それに比べると、東京はまだまだ自転車に優しいとはいえません。
「もっと専用レーンなどが増えてくれたら嬉しい」と白さんはいいます。
「電気自動車もいいけど、エコでローテクな自転車はもっと暮らしを人間的で豊かにできると思う」と話してくれました。
日本は今後、人口が減り経済規模も縮小していくでしょう。しかし、そんな中でも生産性を維持しつつ、高い幸福度を実現することはきっとできるはず。
そのヒント、モデルは北欧のライフスタイルにあると白さんは考えています。
自分の足でペダルを漕ぎながら、風を感じて走る。車では気づかなかった風景をのんびり楽しむ。
そのことと、手間暇かけて無農薬で育てた野菜や、じっくり時間をかけて作ったオーガニックな食材、そしてそれらをひとつひとつ丁寧に吟味し、店頭に並べる。
どこかつながっているような気がするのです。
「もっともっと、より速く、効率的に、大量に」
そうやってもたらされた豊かさもあったでしょう。でもそろそろ、
「ゆっくり。のんびり。きちんと。丁寧に。」
によって実現する、真の豊かさへとシフトしていく時なのかもしれません。
お店には優秀なスタッフも加わり、奥さんとの二人三脚で忙しいながらも充実した毎日。二人の夢は、銀色に輝くライナスの自転車の両輪のごとく、ようやく回り始めたばかりです。
(取材:板羽宣人 / 記事:Rose)
今回のゲスト
白 冰(バイ ビン)さん FOOD&COMPANY 代表取締役(facebook)
1987年生。北京生まれ。5歳から横浜に移住し日本で教育を受ける。大学は米国NYに留学しファッションマーケティング&マネージメントを専攻。卒業後日本に帰国し、ファーストリテイリングに入社。2011年12月に退社し、2013年11月に妻である谷田部摩耶と共に株式会社FOOD&COMPANYを設立。